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2010年01月04日
アバター
2009年12月31日
MOVIE評価(85点)
出演:サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、スティーヴン・ラング、ミシェル・ロドリゲス
監督:ジェームズ・キャメロン
本編:161分
2009年(アメリカ)
ジェイムズ・キャメロン監督が製作に4年を費やしたというSFアドベンチャー超大作。『タイタニック』以来、実に12年ぶりの映画監督作となる本作は、デジタル技術を駆使した新時代の3D映画でもある。
『アバター』を鑑賞するためには、まず1つの選択をしなければならない。その選択とは“2Dで観る”か“3Dで観る”かいうもので、私が会員になっている映画館では3D上映はされていないということが判ったため、今回は別の映画館で観ることにした。
3D眼鏡というものは初めての経験だったので詳しくは知らなかったのだが、3D眼鏡には3種類ほどの違いがあり、上映している映画館によって別々の3D眼鏡が採用されているらしい。私が今回使用したのは「XpanD」というレンタル(300円)の3D眼鏡だったのだが、眼鏡によっては3D表現が大きく異なるらしい。
映画館に入って、上映前に3D眼鏡をかけてみると、画面がグリーンに見えたので《故障している(電池切れ)のではないか?》と訝ったが、映画の予告編が始まるとそれが杞憂であったことが判明した。なるほど、その映像は確かに3Dだった。
話を『アバター』に戻そう。キャメロン監督の完璧主義ぶりは本作にも遺憾なく発揮されている。衛星パンドラだけでなく異星人ナヴィ族の言語まで製作するという徹底ぶりだが、その職人魂には毎度のことながら驚かされる。私がキャメロンの才能に気が付いたのは『アビス』を観た時だった。《スピルバーグを超える監督が出てきたな…》というのが、私の率直な感想だった。その直感が正しかったことは『タイタニック』を観て確信した。
『アビス』当時からキャメロン監督の映画にかける拘りには目を見張るものがあった。そして彼の映画には、映像だけしか観ていない者には決して図り知ることができない大きなメッセージが込められていた。彼が製作した映画のバックには常に人間愛をベースにした暖かい眼差しのようなものが感じとれた。その感覚は手塚治虫漫画を読んだ時と似ている。
本作『アバター』にも様々なメッセージが込められている。時は22世紀、キャメロン監督らしく近未来を描くことによって、未来からの視点で間接的に現代人へ訴えかけるようなスタイルを採っている。衛星の名が「パンドラ」というのも実に意味深だ。
「アバター」というのはインターネット用語であり、自分の分身のようなものだと考えて間違いない。この映画の主人公も足が不自由な青年だが、アバターに精神を移転することによって不自由のない(歩くことができる)身体を手に入れることができるようになる。そしてその身体を利用して仮想現実の体験(実は現実の体験)を行うことができるようになるのだが、これはある意味、夢の世界の出来事と同じようなものだと言えるかもしれない。
誰でも寝ている間に夢を見るが、不思議なことに夢の中では必ず自分が主役になっている。必ず、自分の視点から見たドラマが展開される。夢というものが脳が創り出した思考の幻影であるなら、必ずしも自分の視点で自分が主人公になる必要性がないと思われるのだが、なぜか自分が主役になっている。このことをもって、「夢の世界こそは本当の世界であり、この世こそが幻想だ」と言う学者も存在している。そしてこの映画の主人公もこれと同じような台詞を言う場面がある。
この映画は眠ることによって、主人公の演じる舞台が変わり、目覚めることによって元の世界に戻るという現実の二重構造を描いている。『人間の世界』と『ナビィ族の世界』、それは同じく衛星パンドラに存在している2つの異なる世界だ。
主人公はいつしか、ナビィ族の世界こそが自分が住むべき本当の世界であると思い始める。まるで人間が夢の中に出てきた理想的な異性に恋するが如くに。この映画のパンドラの世界というのは、どこか遠くにある異星でなく、実は『理想の世界』の比喩として描かれているのかもしれない。
『パンドラ』とは、ジェイムズ・キャメロンの心の中にある理想を形に現した世界なのかもしれない。アバターの世界は彼の心の中を表現した世界であり、その世界が美しいのであれば、彼の心の中も同じように美しいのだろう。
夢の世界をカラーでしかも立体的に描くという、まさに、人間の夢を形に現した映画、それが『アバター』という映画の本当の魅力なのかもしれない。
2009年は『アバター』で幕を閉じ、2010年は『アバター』に始まる。この映画のラストシーンで訴えたかったものとは、“新たな映画の始まり”に他ならない。
(余談)
今回初めて行った映画館は、駐車料金が4時間無料という所だった。私が以前から会員になっている映画館などは2時間しか無料にならない。映画本編の上映時間だけでも大抵は2時間以上要するので、今まで駐車料金が無料になったことがなかったのが、このサービスの違いは実に大きいと感じた。今回利用させてもらった映画館の方が、消費者の視点でサービスを行っていることは誰が見ても明白だ。というわけで、今後は映画館もレンタルDVD店と同様、変更することに決めた。敢えてどこの映画館かは述べないが、消費者の利便性を考慮しようとしない映画館は客を失うことになる。この記事を読んでいる人の中に映画館関係者がいるのであれば、そのことをよく考えていただきたいと思う。
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バーン・ノーティス/元スパイの逆襲
2009年12月28日

MOVIE評価(55点)
出演:ジェフリー・ドノヴァン、ガブリエル・アンウォー、ブルース・キャンベル、シャロン・グレス
製作総指揮:マット・ニックス
本編:554分
2007年~(アメリカ)
かなり前からFOXがコマーシャルに力を入れており、『24』『プリズン・ブレイク』に続く「第3の男」という触れ込みで大々的に宣伝されている海外ドラマ。
これまでも『24』『プリズン・ブレイク』を「超える」という宣伝文句は何度となく使用されてきたが、残念ながらその期待は悉(ことごと)く裏切られ続けてきた。
ではFOXが自信を持って(?)オススメしてきた本作『バーン・ノーティス』はその期待に応えることができるのか?ということだが、結論を急ぐ前に少し本作を観た個人的な感想を述べてみよう。(1~3話まで観た上での評価)
私の場合、ここ数年来、DVDで映画やドラマを観る時は日本語吹替版で観ることにしている。併せて日本語字幕(吹替え用の字幕ではない)もONにして観ている。その方が台詞と字幕の微妙な違いも把握できるためだ。オリジナル音声を犠牲にしてまでそういったことができるのは、“日本語吹替えを担当している声優が優秀”であることも大きな理由となっている。なまじオリジナル音声で鑑賞するよりも、吹替えで鑑賞した方が優れている場合が多々あるためだ。
『24』のジャック役の小山力也氏や、『プリズン・ブレイク』や『LOST』などの数多くの脇役の声も全く違和感なく吹替えられている。適役オーディションというようなものが有るのかどうかは知らないが、まるで、本当にその俳優が日本語をしゃべっているかのような錯覚さえ覚えるほどに各キャストにマッチした声優が上手くチョイスされている。
さて、なぜ、上記のような前置きをしたのかと言うと、実はこのドラマ『バーン・ノーティス』の主役の吹替えがあまりにもミスマッチであり違和感を感じざるを得ないからだ。主役のマイケル役を担当しているのは、ルパン三世の声を山田康雄氏から引き継いだ栗田貫一氏(ものまね四天王の1人)だ。別に栗田貫一氏を否定するつもりはないのだが、正直、この吹替えについてはおそらく誰が聞いても違和感を感じると思う。
ではなぜ、マイケル役に栗田貫一氏が抜擢されたのか? その謎は私なりに大体の察しはついている。
このドラマは一応、スパイものアクションであるのだが、どこか軽いノリのコメディタッチのドラマに仕上がっている。ひょうひょうとした主人公のノリも実に軽い。少し前に「エロカッコイイ」という言葉が流行ったことがあるが、このドラマの主人公は「ゆるカッコイイ」と形容されている。
その「ゆるカッコイイ」とは一体どんな感じなのかを確かめるべく『バーン・ノーティス』を観てみると、なるほどな…と思った。そう、「ゆるカッコイイ」とは、まさに『ルパン三世』のノリなのである(笑)。
主人公マイケルはルパン同様、その態度とは裏腹に非常に頭が切れる優秀な人物だ。おそらく、そういったイメージから栗田貫一氏がマイケル役に抜擢されたのではないかと(勝手に)想像する。あくまでも個人的な意見だが、このドラマはスゴ腕スパイの硬派なアクションドラマにした方が良かったのではないかと思う。硬派なアクションドラマであれば、声優選びで失敗(?)することもなかっただろう。
まあそういう俗な一般向け評価はこの辺で置いておくとして、ドラマの内容についても少しレビューしておこう。このドラマの舞台はマイアミだ。「マイアミが舞台」と聞いてある海外ドラマが頭に浮かんできた貴方は、なかなかの海外ドラマ通だ。そのドラマの名はもちろん『デクスター』だが、どうも『バーン・ノーティス』は『デクスター』の影響を少し受けているのではないか?という印象も持った。軽妙なタッチで主人公のナレーションとともにストーリーが進行する様はまさに『デクスター』そっくりだ。ただ、この場合も声優によって天と地ほどの開きができてしまう。『デクスター』のナレーションは実に秀逸だが、『バーン・ノーティス』のそれはお世辞にも秀逸だとは言えない。
それとマイアミが舞台なせいか、『デクスター』に登場する脇役が『バーン・ノーティス』にも何人か登場している(3話までで既に2人登場)。これはマイアミが似合う俳優(?)を偶然キャスティングしたということなのだろうか…。
しかし、『バーン・ノーティス』と『デクスター』を比較すると、同じマイアミでもどこか雰囲気が違っている。『デクスター』の場合はストーリーとは裏腹に“爽快なマイアミ”という雰囲気が漂っているのだが、『バーン・ノーティス』の場合は、これもストーリーとは裏腹に“ドンヨリとしたマイアミ”という雰囲気が漂っている(笑)。B級映画によくあるような少し影のある暗いタッチの映像になっているため、安っぽさが漂ってしまっている。これも大きなマイナスポイントだと思う。
最後に、『バーン・ノーティス』のマイケルは「第3の男」に成り得るか? これが多くの人が最も気になっているところだろうと思う。たった3話でその結論を出すのは私のポリシーに反するが、おそらく「成れない」だろうと思う。その理由は先程の声優や映像の問題というよりは、もっと単純な理由だ。その理由とは、「1話完結型タイプのドラマである」ということ、その一言に尽きる。『24』にせよ『プリズン・ブレイク』にせよ、多くの人がハマるドラマは、基本的に全話継続型スタイルを採っている。『LOST』も然りだ。「第3の男」になるためには、ジャックとマイケルを超えなければならないが、彼ら2人の人気を超えることは至難の業だろう。名前がマイケルとダブっているのはご愛嬌だが…(笑)。
少しレビューが(失礼に)長くなってしまった。『バーン・ノーティス』の4話目以降を観るかどうかは今のところ未定だが、もし観る機会があれば再度、レビューをしてみたいと思う。もし現在、観ようか観まいか迷っている人がいるなら、上記レビューを御参考ください。おそらく大抵の人は私と同じような感想をお持ちになると思います(笑)。
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トランスフォーマー/リベンジ
2009年12月23日

MOVIE評価(75点)
出演:シャイア・ラブーフ、ミーガン・フォックス、ジョン・タートゥーロ
監督:マイケル・ベイ
製作総指揮:スティーブン・スピルバーグ
本編:150分
2009年(アメリカ)
2007年に公開され「映像革命」ともてはやされたSF超大作アクション映画『トランスフォーマー」の続編。前作同様、スピルバーグとマイケル・ベイがタッグを組んでおり、主役も前作同様、シャイヤ・ラブーフとミーガン・フォックスが演じている。総制作費は2億ドル(約180億円)で、興行収入は本国アメリカだけで4億ドル、全世界興収は8億ドルというぐらいだから、まさにドル箱映画だ。
この映画の最大の売りはド派手なアクションと緻密でリアルなCG映像の融合にある。『アルマゲドン』『ザ・ロック』など、マイケル・ベイが製作すると必ずと言っていいほどド派手なアクション映画になってしまうのだが、この映画の場合、“可変形ロボット”というオタクや子供にもウケる要素がプラスされているため、大人だけでなく幅広い年齢層から圧倒的な支持を得ることに成功している。
ロボットの変形シーンなどは、まさに偏執狂とも言えるほどの懲りようで、よくもまあ、こんな細かい描写を可能にしたものだと驚嘆すること請け合いだ。
ただ、「映像革命」ということで言えば、前作『トランスフォーマー』を観た時ほどの衝撃は受けなかった。多くのレビュアー達は「前作を遥かに超える出来映え」と絶賛してはいるが、私には前作を大きく超えているとは思えなかった。2年前から映像的に進歩はしているのだが、進化までは至っていなかったというのが正直な感想だ。
しかし相変わらず、スピルバーグが絡むと宇宙人が登場することになるが、宇宙人がいるとしても、この映画に出てくるような宇宙人(ロボット)だけは、どう考えてもいないだろうと思う(笑)。そういう意味でこの映画は“最先端技術を駆使したマンガ”だと言える。遊び心(童心)を忘れないスピルバーグらしい映画だ。
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ボルト
2009年12月21日

MOVIE評価(70点)
声の出演:ジョン・トラボルタ、マイリー・サイラス、スージー・エスマン
日本語吹替:佐々木蔵之介、白石涼子、江角マキコ
製作総指揮:ジョン・ラセター
本編:96分
2008年(アメリカ)
ピクサーの最高責任者であるジョン・ラセターが製作した3Dアニメーション。ピクサーがディズニーと合併することによって生まれた記念すべき新生ディズニーアニメの第1弾だ。
前回、ドリームワークスの『モンスターvsエイリアン』という3Dアニメのレビューをしたばかりだが、偶然にも今回はライバル会社でもあるディズニーの3Dアニメ『ボルト』のレビューすることになってしまった。(本命の『トランスフォーマー・リジンジ』が全てレンタル中だったため)
このところ低迷していたディズニーアニメはピクサーを完全子会社することによって息を吹き返しつつあるらしい。ディズニーの名作アニメまでもが2Dアニメからよりリアルな3Dアニメに変更されつつあるようだが、これも時代の趨勢だろうか。とにかく最近の映画はアクションからSF、ホラー、アニメと、なんでもかんでもCG技術におんぶにだっこ状態のようだ。
2次元(平面)が当たり前だったアニメの常識は、加速度的に進化したCG技術によって、より現実(3次元)に近い疑似(バーチャル)3D空間を創造し、その空間に新たなヒーローが生まれようとしている。仮想現実の2.5次元ヒーローが21世紀の新たなヒーロー像になるのかもしれない。そうなると、生身のヒーロー(役者)がいらなくなる可能性もあるが、21世紀中には2.5次元アイドルというものも本当に登場するのかもしれない。
話がずいぶん横道に逸れたので本題に戻そう。
この映画の主人公であるホワイトシェパードの『ボルト』は、人気映画俳優(犬)である。彼は映画の中の世界を現実だと思い込んでいる夢のある(?)夢想犬だ。
ボルトは人間に映画が現実の世界だと洗脳されることによって、自分自身を無敵のヒーロー犬だと思い込んでいるのだが、この設定はなかなか面白い。どう面白いのかと言うと、この設定を人間に当てはめてみると実に面白い(笑)。
世の中には自信に満ち溢れた人と、自信を喪失したかに見える人の2種類が存在している。自分の容姿や才能によっても自信の有無は生じるのだろうが、同じようなタイプの人であっても、一方は自信があり、一方は自信がないという場合も多々ある。その場合の違いとは一体何だろうか? 成功体験や失敗体験がどれだけあるかの差だろうか? この映画には、その違いというものを考えるヒントが隠されている。子供向けのアニメの中にもさりげなく成功哲学的なメッセージがキッチリと封入されている。さすがはディズニー映画、なかなかニクい演出だ。
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